今回、私がMLBツアー中に行った主な業務は、Boston Redsoxのアスレティックトレーナーが必要としている物品を用意することや、突発的な事故等に対応できるように24時間体制で待機・準備していることでした。具体的には、水・スポーツ飲料やアイスの準備、ホットパックや処方箋薬の調達でした。2試合の公式戦が行われたため、来日した選手は米国内の遠征と異なった環境でも最高のパフォーマンスを求められました。そのような状況の中、選手はもちろんチームスタッフもゲームに集中できるようにサポートすることが「メディカル・リエゾン」の業務でした。
この期間にいろいろなことがありましたが、中でも薬の調達は最も苦労したことでした。処方箋に関する日本と米国の法律の違いにより、米国内では医師の管理下ならば病院外でも使用可能な薬でも、日本への持込が禁止されていたり、米国の薬品と同じ効能がある薬でも日本では院外での使用が許可されていなかったりと、米国とは異なる状況にBostonのメディカル・スタッフがフラストレーションを顕にする場面もありました。この法律上の制限を理解してもらうため、チーム側に説明し納得してもらうには少々苦労しました。その際、駿河台日本大学病院の斎藤明義先生(ツアー期間中医療サポート部門最高責任者)には大変お世話になり、わざわざチームDrに直接ご説明に東京ドームへ来ていただきました。
Bostonのメディカル・スタッフからのこの強い要求は、ドクターやアスレティックトレーナーが自分の責務を果たすため一生懸命であり、つまり、勝つために必要な最高の条件を揃え、最大の努力をする姿勢の表れだったと思います。このようなこだわりがトップになるために必要な要素であると感じました。
処方箋の調達では、チーム側の要求の他に、MLB所属のアメリカ人審判の常備薬を調達するという機会もありました。この期間、BostonとOakland両チームだけでなくMLB全体が日本に来たと感じた一場面でした。
また、「24時間体制」ということも重要な業務でした。メディカル・リエゾン、またはアスレティックトレーナーの中心業務に、「業務時の対応」があります。突発的なけが・事故が発生しても、ゲームやその準備は余程のことがないと中止にはなりません。どんなことがあっても公式戦を進行させるため、読売新聞社の特別プロジェクト・チームの方々が、両チームを精力的にサポートしていました。その姿には大変感銘を受けました。それでも不測の事態が起こった場合、誰かが対応しなければなりません。そうでなければ、いろいろなところで機能不全が起き、ゲーム日程の進行に支障をきたしてしまうでしょう。その緊急時に対応する「誰か」がメディカル・リエゾンです。
今回不測の事態は起こらず、「待機」がそのまま待機で終わりました。最終日、試合後Boston Redsoxの選手が空港へ向かうバスに乗り東京ドームを後にする姿を見送った時は、非常に感慨深いものがありました。達成感と寂しさが入り混じる中、タクシーの中で永井トレーナーとツアー中のエピソードを話し合いました。
今回のMLB日本開幕戦での帯同中に、私が行なった業務はOakland Athleticsのメディカルスタッフのリエゾンです。基本的な業務内容としては、はBoston Redsoxを担当した大木トレーナーと同じで、水やスポーツ飲料のセッティング、アイシングの準備、アスレティックトレーナーの習慣的業務の手伝いでした。その他、特に突発的な事故等が起きなければ待機・準備のまま業務が終わるといったものでした。今回、幸運にも大きな事故は起きず、無事に開幕戦が終了したため、大きな動きが無いまま終了しました。しかし『大きな動き』が無かったという事実は、開幕戦に関わった全ての関係者による周到な事前準備によるものであったと思います。帯同中に一度だけ、今回の開幕戦の医療サポート最高責任者である駿河台日本大学病院の斎藤明義先生へ連絡することがありました。Oakland Athleticsのビデオコーディネーター(選手ではありません)が虫歯を悪化させてしまい、チームドクターの判断で、このまま症状が悪化すれば日本の歯科医師に診察をお願いするということになりました。斎藤先生に状況を伝えると、直ちに歯科医師による診察の準備が整いましたが。その迅速な対応には非常に感銘を受けました。しっかりとした事前の準備があるからこその迅速な対応であったと思います。結局、その虫歯はアメリカに帰国してから処置する事になり、歯科医師を紹介して頂く必要はありませんでした。
他には、『MLB所属のアメリカ人審判の常備薬を調達する機会がありました』と大木トレーナーの話の中でありましたが、その際に途中で大木トレーナーが調達した薬をアメリカ人審判へ手渡しに行く業務を引き継ぎました。Boston Redsoxが夕方の練習であったため、先に練習を終えたOakland Athleticsを担当していた私が引きいだわけです。薬の種類は同じでしたが、服用の量や方法が異なっていたため英語で説明をする必要がありました。このように、実際にプレーをする選手だけではなく、開幕戦のために来日した両チームスタッフに加え、MLBスタッフへの配慮もしっかりとされていました。
帯同中、スタッフ間では電話連絡が多かったのですが、主催者である読売新聞社の方々を中心とし、連絡は非常に円滑に行われました。メディカルリエゾンの他にも、様々なリエゾンの方々や、読売新聞社のスタッフ以外の方も働かれていました。その方々と連絡を取る事もありましたが、各スタッフの仕事が明確であったため実に働き易い環境で業務を行なう事ができました。
今回、メディカルリエゾンの業務を通じて最も強く感じた事は、事前の準備の大切さでした。普段のトレーナー業務も同じで、各スタッフの業務内容の明確化としっかりとした事前の準備を行うことで、緊急事態が生じた際の対応は、スムーズに実行できるのではないかと思います。日本側のスタッフとチームスタッフそしてMLBスタッフの間に立つことで、事前の準備の重要さを身を持って体験することができました。